夕景をさがしに


行程

2001年9月13~16日

パーティ:単独


2001/9/8

 

ー計画決定ー

 

 夏も過ぎ去ったのに、今頃になって夏期休暇を3日間いただきます。
次の土日にかかる貴重な5連休です。
何か心に残ることがしたいと、あれこれ考えます。
 お金をかけないで、最近の俗っぽい生活の自分を払拭して、「放浪感覚?」若い頃のように取り戻してみたい。
家や地域から脱出した、「旅行」ではない、「旅」をしてみたい。
干渉されずに帰属せずに、ただ自分の本来の感覚だけで過ごしてみたい。
 
そこで思いついたのが、過去に2回、この時期に巡り会った利尻岳からの日本海への夕景。

山の上から、このような夕景です。

19才のときに出会った風景。

21才のときに、山頂で出会った夕景。

この利尻岳からの夕景を、再び、見たい!
ぼくの心に残る「利尻岳から見る夕景」、これを再び眼に映してみたい。
日本海に沈みゆく夕陽、その光を余すところなく果てなく包む空と雲を彩っていくダイナミックさと寂しさ。
周囲をぐるりと囲む、広く、そして深い大海原の日本海。
黒く平坦に横たわる礼文島、眼下にぽつんと温かく連なる街の灯、漁り火。
海に浮かぶ孤島の山だからこそ、出逢えるその空間力とその風景。
 
 利尻島は、直径約19km、周囲約60kmの日本海に浮かぶ円形の島。
利尻岳(北峰1,719m)はそんな島の成層火山の独立峰として成り立っています。
別名「利尻富士」とも呼ばれる端正で、多くのバリエーションルートを持つ岳人のあこがれの遙かなる山の一つでもあります。
南の屋久島(宮之浦岳)、北の利尻岳のような感じです。


 いつも体のどこかで警戒しているヒグマ、苦手なヘビがいない島なのでどこか気持ち的には気楽でもあります。
ルートは、一人ですし登山禁止中の東稜は危険なので、一般コースで北麓キャンプ場もある北稜(鴛泊(おしどまり))コースとする予定。沓形からの一般コースも、西壁が迫力あり、魅力的です。


いずれにしても、この山は、港からのまさに海抜0mからの登山。
ただ心配なのは、長官山避難小屋(1,218m)を使用した場合、他の登山客がなく一人で夜を過ごすことになったらイヤだなあ、という恐怖心であります。
相変わらず、弱虫太郎・・・

移設前の長官山避難小屋(1218m地点)

稚内から利尻島鴛泊までフェリーを使い、テントや炊事用具を持って、一人 ふらふらと心に残る旅をしてみたいと思っています。  そして、あの夕景にもう一度、会ってみたい。

数年ぶりに利尻岳の地図を広げ、フェリーの時刻表を調べ、装備などの整理 と確認を始めたところです。

利尻島は遙かで遠いと、北海道民のぼくでも、感覚的にそう思う。
だから、きっと東京などの人々は果てしない異国に思っているのかも知れない。
うちから車で稚内まで約350km、札幌までも行けちゃいます。
約4~5時間といったドライブになるでしょうか。

 

遠いよ、遠いよ。

 

3Dカシミールソフトで作ってみた

利尻島の俯瞰図とコース

2001/9/9

 

ー追い込み方法ー

 

宗谷岬、稚内(わっかない)までのオホーツク海沿いの何もない景色・・・
長いなあ、そこから、フェリーに乗って、キャンプ場まで行って・・・
そうそう、もう車社会とはおさらばになるのだなあ。

自分の衣食住に必要なものは、(この山の場合、水も含めて)すべて背負わなくてはいけない。

 そうこうしているうちに、だんだんと面倒くさくなってくるのが、ぼくの常。
天気に恵まれなかったら、つまらないよなあ。
あ゛~天気予報、なんかパッとしてないなあ・・・
時間や天候の都合で、全装備のザックで登山になるのかも知れないなあ。
テントか山の上の小屋の中で、じっと過ごすのだなあ。
いつも一人だけれど、さらに一人だもんなあ。


 だらだらしてくる自分は、計画を実行せずに何もしない休みを過ごしたときの欲求不満からの自己嫌悪が、一番キライなことを知っている。
庭にでて、テントを立ててみる。
「うん、なかなかいいぞ」、と一人で、にやける。
やはり中に入ってゴロンゴロンとしてみたくなるが、近所の眼が気になる。
ガスランタンを買い、事前の投資をして自分を追い込む。
 

「2,980円も?投資したからにゃあ、行かねばならない」
シーズン終了なので、思いっきり値切ったりした。
早速、マントル(光源となる綿)をつけて灯し、無邪気にうれしくなる。
テントの中での時間潰しに読む本まで買った
「天の瞳(灰谷健次郎著)の単行本の続編出ていないかなあ?」と探した。
同じ著者の、ちょうど良いタイトルの、まだ読んでいない本と出会った。
・・・『島物語Ⅰ』(630円也)
「(タイトルが)なんかいい感じー」、と思う。(単純)
 あとは、食糧なのだが、一人なのでインスタントラーメンとかの適当なもので済まそう。うん。あとは乾燥米、雑炊、みそ汁といったところ。

 

 ちなみに、利尻といえばウニ、コンブなどで有名ですが、ぼくの場合、そういったものに一人では興味がないのですよね。

「君は人生の楽しみの半分を損しているよ」と、よく人に言われたりとしている。
 まだ、6畳部屋に広げた(散らかった?)装備などは、ザックにまとめてもいない状態です。

2001/9/10

 

ー計画実行の危機がやってきたー

 

朝のニュースから「台風情報」ばっかりだ。
仕事上でも防災担当のため、いろいろと情報がFAXされてくる。
こりゃあ、ヤバイんじゃないか?と思う。
過去数年来のヤバイ奴らしい。ノロノロと遅くなっているらしい。
 20時現在でも速度が遅く、こいつはまだ東海上にいるようだ。
このままだと利尻行きが、もろ、台風にぶつかるじゃんかっ!

 

北海道に直撃しそうな台風の進路。

しかも、現在、北海道北部には停滞前線があって、今朝から宗谷地方を始め大雨・洪水警報が発令中。午後にはオホーツク紋別北部まで追加された。
 さっきのFAX情報だと、稚内へ向かう国道238号線が一部冠水・・・
これからさらに台風に直撃されたら、一体どうなってしまうのか?
 出発予定は13日の夜明けなのだが、台風被害は抜けた後も復旧対策などで大変なのだよな。
こりゃあ、夏期休暇どころか、仕事になる?
行けたとしても時化で、フェリーは欠航?しているんじゃないのか・・・
島に渡れても、頂上付近は、大雨による浸食で危険?なんじゃないのか・・・
そもそもBC(ベースキャンプ)をキャンプ場に設営してなどといった余裕のある登山にはならないかも?
帰りのフェリー欠航なんかも・・・いろいろと心配だ・・・
 島に渡って、山に登られる状況じゃないのかも知れない。

 

 ぼくは、いろいろと心配性です。


  とりあえず、装備だけは一通り、移動ケースの箱にぶっこんでおこう。

 

 明日以降は、たぶん気象警報発令のため仕事で帰宅できないと思います。
 ということは、このまま、もしかするとこのコーナーは終わってしまうこともあったりして・・・
 読者のみなさん、期待させちゃって本当にごめんなさいっ!
 ちゃんと行けていたら、17日頃にはアップできていると思いますが・・・
 果たして、どういう結末になるのン?
 この「夕景をさがしに」・・・

 今、午前3時、雨足も強くなってきました。

2001/9/12

 

ーパッキング完了と悲しみたちー

 

昨日8:10に発令された大雨洪水警報、台風15号の危機は無事去りました。

明日からの予定だった夏期休暇は、その後始末の仕事のため無理

いずれにしても稚内~利尻を結ぶ東日本海フェリーも昨日から全便欠航中

「明日もわからない」と録音されたテープの女の人のアナウンスの声を受話器で 2回くりかえし、聞く。  

仕方なしに、1日遅らせて出発の予定。

雨の中の防災の仕事でズブ濡れになり、土のうを作り、疲れ果てた?体にムチ を打ち、気合いを入れてようやくパッキングを完了

 今回のザックは60㍑を使用。 テント、寝袋、ガス、コッフェル(なべ)、食糧、ランタンなど一式を完全防水 にして詰め込む。なかなか良いパッキングの仕上がり。

 

 また、今回の楽しみは デジカメでの夕景の撮影、テントの中でのガスランタンを使った読書 そして、珍しくファッション?にもこだわって服装は黒とグレー系の色で まとめてみたりした。

 あとは、果物などのちょっとした行動食を買うのみ。

 あっと、忘れちゃいけない、命の水、ビール!

 

 以下、内面心情です ・・・・・

しかし、そんなことは世界と自分に関わる悲しみたちの前には 何ら楽しみとも映らなくなってきている一方の冷静な自分もいる・・・・・

ニューヨークで起きた世界貿易センタービルなどへの悲惨なテロ事件・・・

何度も何度も同じ悲惨な映像がTVに繰り返されている。

そして、この大雨被害の濁流に今現在も行方不明中の、幼き頃の故郷の同級生・・・

ぼくは、なんで山なんかに、ただ夕景が見たいがためだけに、行動しているのだろう。

悲しみたちを前にして、今一瞬の自分の命の危うさも直感できうる怖さが、 そんな今のぼくにはある。

ぼくは、それでも行かねばならないものなのか?と問うてみる。

不安の沼にいるようだ。

感性が研ぎ澄まされてきている証拠なのか、または偶然が重なっているのか?

慣れた利尻岳の一般コース、それも無雪期なのに、なぜか臆病な自分がいる。

山行へ向けて、うまく精神集中がいっていないのが現実なのかも知れない。

仕事での体と精神的な疲れからなのか、心の整理がつかない状態だ。

山へは、いつもそのままの自分を連れて行く

だからこそ、日々の不安定さやとまどいは整理しておきたいと心がけている。

2001/9/13

 

ー今夜から行ってきますー

 

 明日からようやく予定より1日遅れてズレた、夏期休暇の始まりです。
 ちょっと体も筋肉痛だったり、気持ち的にもやや落ち着きはありませんが、この疲れを今夜早くからの睡眠にして、夜中に出発予定
 
 心にあふれる悲しみたちは、何事もなくいつもと変わらぬ日常風景を眼にする。
今までの葛藤や不安、期待といったものたちが、すべて融合して一体化してきた。
自分の中に積もる悲しみたちもすべて抱えていける。
すべては、このベクトルに向かっているようで、そして大きな勇気となっていく。

 うふふ、天気予報も、いい感じです。
台風が過ぎ去ったあとの高気圧の尾根に包まれたため、次の台風16号の接近までは比較的安定していそうだ。等圧線も緩い。
あとは山独特の天候次第だなあ。

 

この晴れ間に期待します。

 東日本海フェリー稚内事務所へ電話で照会してみると、今日は全便運行したのだそうです。
「明日も大丈夫だよ、うん」

と、おじさんの声もまるで天使の声
なんてステキな人なんだろう、うん。

 現時点の行動計画
一日目、午前中に利尻島へ渡り、北麓キャンプ場にてテント設営。
登山者名簿を確認し、長官山避難小屋使用者数の確認。
一人っきりになるのは仕方ないケド、小屋の定員越えが心配なので・・・
荷物整理をし、日本百名水の甘露泉水で喉を潤してから、そのまま長官山避難小屋1,218mまで一気に登山。
夕景をさがし、信じて、じっと待つ。
見たこともない、素晴らしい夕景と出会う。

クライマックスシーン!の予定?
長官山避難小屋に宿泊予定。
星空観察会のお時間。

二日目、早朝のうちに頂上までスピード往復。

今回、登頂は、おまけの目的。
ゆっくりと下山し、午後BC着。
ビールを飲む。
さわやか、のんべえのお時間。
終日キャンプ場にて贅沢なひととき。
読書のお時間。
テント泊。

三日目以降、予備日。
気分次第の島過ごし。
稚内へ戻った後は、ふらふらとオホーツク海側の温泉を楽しみながらの帰路。
家に着き、留守番をしていてくれた仔猫の「ちゃちゃ」とスリスリとご対面、再会。

さて次は、装備の最終確認
▼北麓キャンプ場にて、BC(ベースキャンプ)を設営し、残置。(予定)
テント(ICIオリジナル・ゴアテックス・1~2人用)、ポール、ペグ一式、ガスボンベ(1)、食糧3食分、ストーブ台(板)、着替え、ビール。

 

▼登山行動時の装備
寝袋(3シーズン)、エアマット、ガスストーブ、ランタン、ガスカートリッジ(2)、コッフェル、医薬品一式、ピンチパック一式、ゴアテックス雨具上下、食糧2食分、水2㍑、行動食(リンゴ、きゅうり、サラミなど)、バーボン、地図、コンパス、単行本、ナイフ、ホイッスル、タバコ、ラジオ、新聞紙、メモ帳、ヘッドライト、ロウソク、デジカメ、予備電池、ティッシュなど。

 

▼非常時対策
ツェルト(非常用簡易テント)、厳冬期用下着、冬用シュラフ(寝袋)ゴアテックスカバー、非常食2食、その他ピンチパック・医薬品あり。

 

▼通信手段
アマチュア無線144/430MHz、携帯電話
(いずれも予備バッテリーを用意)
 
さて、あのおじさんの言葉を信じて一人走ろう、稚内まで。
そして、天気予報を信じて一人渡ろう、利尻島。
うんうんと、ただただ高みへ一人登ろう、利尻岳。
きっと待っているであろう、あの夕景。
きっと迎えてくれるだろう、あの夕景。
あー、なんてピュアなんだ・・・

そんなに物事はうまく行かないのにね。

夕景と出会ったら、あまりにも悲しいことが多いから、せめて身近の人を、一人でも多くの人を愛せるように、心をきれいに、大きくしてきたいと思います。
ぼくの中に積もる悲しみたちにも、その夕景を見せてあげたいと思います。


この企画が楽しみと応援メールを送ってくださっている方々、ありがとうございます。
出発までも、いろいろとありました。
ステキな画像をここにお見せすることで、無事に帰ってくることで、みなさんへのお礼に代えさせていただきたいと思っております。

小生、いよいよ、(ちっぽけで短い)旅にでます。

2001/9/14

 

ー利尻島へ渡ったー

 

結局、寝付けずにそのまま23時過ぎに家を出発した。
頭がさえて仕方がなかったので、仮眠をとりながらのドライブにする。
星空は濃霧にさえぎられている国道238号線。
海岸沿いの砂浜にはサケ釣りの人々の車。
巨大なロボットのような風力発電のプロペラを不気味に感じて通過。
途中仮眠をとり、6:30、稚内市着。

 7:50発の利尻島鴛泊(おしどまり)行きのフェリーに乗り込む。
片道2等1,880円。
船名は、アインス宗谷2号というらしい。

 

稚内~利尻島鴛泊を結ぶフェリー

いい天気。海を渡る風も心地よい。

群青色の海が輝いている。
ホントウに「あい風香る日本海」だなあ。

 

船上から見る日本海と利尻島。

 

しかし、利尻島はだんだんと近づいてくるも、どんよりと雲がかかっている。

 9:45、利尻島鴛泊着。

雨なり・・・

う~ん、困った。こんな最初から雨になろうとは、想像していなかった展開。
どういう行程にしようと、フェリーターミナル内でしばし2分ほど悩む。
とりあえず腹ごしらえと、近くにある「ウニ丼日本一」と看板のかかった食堂で恐縮しながら「カレーライス」(600円)を注文。
お店の人と世間話をすると、今日、中学生70名程が学校登山をしているという。
きっと賑やかなんだろうなあと思い、とにかく登ってみようという気持ちになる。

 

タクシーに乗り、登山口でもある3合目の北麓キャンプ場に向かう。
旅にきているというのに時間や苦労をお金で解決している軟弱な自分にやや腹が立つも、この天気の中でまだ装備は濡らしたくない。傘も忘れた。
キャンプ場は整備のためか工事をしていた。
受付をして(無料)、登山届けを書いて提出し、下山届け用に下半分を切り取って持つ。
 従来より夏季の利尻岳は下山確認もできる登山届けになっている。
 
「これ、もらったかい?」と管理人さんに訊かれ、
「・・・?」と思っていると、
携帯トイレを手渡された。これにしなさいねー、ということらしい。

 

携帯トイレ、中におむつのようなものが

入っている。さすが環境先進地の利尻!

さて、早速、テント設営。
設営をしていると、傘をさして近づいてきた旅人キャンパーが、
「いやあ~、昨日は、山、最高でしたっすね」

と、誇らしげに笑って言い去る。
君も少しは人に気を遣った会話をしなさいね、と内心、思う。
しばらく、ぐずぐずとしてしまう。
こんな雨の中、テントの中で過ごしているより、一気に長官山まで登って避難小屋にいた方が、夕景をさがすチャンスはある。
当たり前だ・・・何しに来たんだ。
濡れるのを覚悟で、雨具を着て出発準備。
11:00、いよいよ登山開始。

アスファルトで舗装された小径は、甘露泉水まで続いている。

雨の中で水など飲みたくはないが、一応飲んでおく。
ここの水は、ホントウにおいしい。日本名水百選だけのことはある。

 

ここからは、トドマツなどに囲まれた登山道になっていく。
「もののけ姫」にでてくる森林のような命のつまった貫禄さがある。

 11:45。
いつもなら、あと少しでお昼休みの仕事のときだ。
森の中に「野鳥の森」といつから名付けられたのか、4合目に到着。
ここで、ようやく晴れてくる。森も草も輝きだす。

 

4合目、森のようす。

南西風が上空に強く吹いているよう。
5合目までの真っ直ぐにつづく回廊のような登山道はササに囲まれている。
歌声と笑い声が風に乗って上から聞こえてきた。
と、思ったら、元気の良い中学生たちが次々と下山してきた。
トップの子は、3年生男子4名。
「こんにちはー」
「頂上まで行ってきたのかい?」
「はい!ぼくら、一番です!」と、とってもうれしそう。
たくましいなあ、と頼もしく思う。


その後、登っていくたびに、次々とバラけて降りてくる中学生たちと出会う。
話しを要約すると、こういうことらしい。
利尻富士町立鴛泊中学校では、利尻岳登山、屋外レク、島内サイクリングというものを3年で一巡するように行っているらしい。だから、一番ツライ登山が3年生のときに来たら、彼らに言わせるとラッキーなのだそうだ。

 

 ジャージにタオル、運動靴、お菓子やジュースの入ったデイバックに身を包む彼らも、さすがに頂上、もしくは途中の長官山から下山してきているので、顔以外に、膝もガクガクと笑っているよう。

 

6合目(第一見晴らし台)から急登を見上げる。ザックと共にハイマツ帯。

 7合目からは、ダケカンバとハイマツ、ミヤマハンノキに囲まれた胸突八丁と呼ばれている急登。
斜里岳にも同じ名の地点があるが、利尻岳のこれは、もっとツライ・・・長い。
 次第に足を止める回数も多くなり、そして登ってきた景色を振り返る時間もいつしか長くなる。
一心に頭の中では、長官山避難小屋に着いたら、
ビールだ、ビールを飲むんだ、ビールを飲むゾ
ただそれだけがすべての支えとなり、体中の合い言葉になっている。
晴れてきた景色は、礼文島、本泊港、ポン山、ペシ岬、鴛泊港などが一望でき、海は一面に優しい色をたたえ、ササ原は緑に輝いている。

 

振り返ると、どこまでも青と緑が優しい。

長官山までのあと少しの岩場で休んでいた先生一人と生徒さん一人に会う。
先生は、おいしそうにタバコをふかし、生徒さんの目線から眼下を指さして、
「ほら、あそこが○○だぞ、見えるだろう?うん?」
と生徒さんに熱心に説明している。
「はあ」と生徒さんは、のらりと答えているが、だんだんと興味が湧いている様子。
いい光景だなあ、と思って微笑ましく眺めていると、
「水、要りませんか?」と先生がこちらで立ち止まっていたぼくに唐突に言う。
「あります、あります!」と大きく身振りも使って丁寧にお断りすると、1.5㍑のペットボトルに満タンに入った水をボンっと渡された。
「水はいくらあってもいいからねー」

と、にこやかに先生。
いやあ、軽くなったなあ、と先生と生徒さんはさっそうと下山してしていった。
お礼を言い、ありがたく背負わさせていただく。


長官山に飛び出ると、頭の中にある利尻岳頂上がそのままの形で眼に飛び込んできた。
風が強い。13:30。

19才、初登山のときに描いたデッサン。

 

長官山から望む利尻岳の姿。

 

 長官山では、まだ最後の中学生たちが先生たちと楽しく昼食を摂っている。
みんな女子生徒さんだ。明るい挨拶が心地よい。
 長官山避難小屋は、その場所を以前の場所よりさらに15分ほど先に移動して いた。

 

長官山避難小屋への道のり。

南西風がつよい。

 デカイ、そして端正な利尻岳頂上を見ながら、太陽の光を浴び、風に打たれ、避難小屋へと向かった。
13:45、到着。

 ザックを開け、いそいそと、その大切な貴重品の唯一の一本を取り出す。
缶ビールをプシュ!と開け、飲む。
ゴクッといかず、ドクッという喉ごしになる。
ぬるくなっていたが、腐っても鯛、ぬるくてもビールである。
その琥珀色の液体は、体中を駆けめぐっていった。至福である。
 中学生登山にパトロールとして同行している利尻富士町職員3名の方と会う。
手には小屋内にあったゴミを持って下山していった。

頭が下がります。
 
 建て付けの悪い扉を開ける。
 暗い小屋の中には、パタパタと窓に一匹のクジャクチョウしかいなかった。

一人での夜を過ごすのかなあ、という不安は、何とかなるさと言う気持ちに変わり、なるべく窓を見ないような方向で(なんか見てはイケナイものを見てしまいそうで・・・怖がり)、荷物を整理して寝袋に入り、夕方を待つことにした。
 たった350mlの缶ビール一本で、直にぐっすりと眠ってしまった

ガタンという戸が開く音で目覚めた。
強風でテントが張れないという、思慮深そうな、静かな、良い声の男性と女性だった。
内心、ホッとした。これで、一人の夜にはならない
キュウリをボリボリと食べる。
マヨちゅっちゅっもする。
サラミソーセージをナイフを使って食べる。
安心したのか、寝起きだからなのか、空腹だ。
外にでて、夕食をつくる。結局インスタントラーメンにした。
一人だと、ホントウに食事まで、余計に横着になる・・・。

 世界や全国を放浪してきていて28才だと言う、人なつっこい話し好きな青年もやってきた。

 17時過ぎ、ようやく夕景が始まりだした。風強い外へ出る。

 

ぐんぐんと姿と色合いを変えてゆく。

 強い南西風により雲がぐんぐんと稜線を越え、その形を一瞬一瞬変えていく。
まるで軍艦のように黒く横たわる礼文島にかかっていた雲もなくなってきている。
上空にはスジ状の雲が広がっている。
海に沈んでいく夕陽は、海もを共に輝かせている。
そうなんだ、この、この夕景が見たかったんだよ!
ぼくの中にあるすべての悲しみも、イライラや不安になるうる卵の君たちよ、
ちゃんと表白しなさいね。目に映る世界や心の中に、穏やかな平和を!!

そうなんだよ、この夕景に出逢いたかったんだよ!

強風の中、素人なりに一応、撮影ポイントをうろうろと探す。
カメラを向けると、光線が強いのか、買ったばかりのデジカメのビューにうまく映らない。
ここまで来てダメなのか?

一眼カメラを持参しなかったことを後悔する。
それでも何回かシャッターを押すと、それなりに(?)映っているではないか!
うれしくて、何枚も高画質で撮り続ける。

 

太陽は、水平線にその体をつけると、わずか30秒ほどでぐんぐんと溶けてしまい、そして、消えた。

夕景に出逢えた、ありがとう

 

 眼下には漁り火と島の灯がポツンポツンと、温かく灯りはじめた。

 

 

ー小屋の人たちー

 

 暗くなってから、単独の男性が小屋にやってきた。
ぼくを含めて計5名となった。
 明日ご来光を見るために早くから起き出すのでご迷惑おかけします、と申し訳なさそうに言う声のいい男性の方と、女性の方。
放浪の彼は、朝がとても弱いという。
単独で最後に来た人は、とりあえず早めに出発すると言う。
ぼくは、なんだかこんな素晴らしい夕景に出逢ったので、頂上はどうでも良い気になっていて明日の朝の天気と自分の気分次第ということにした。
強風が屋根を叩く。


 19時早々に寝てしまったご来光組を除いて、ぼくたちは自然と話しをしだす。
放浪の彼は、いろいろとあちこちのパンフレットを持って、うれしそうにヘッドランプの下に広げてくれる。
最後に来た人と次に向かう礼文島の話しをしている。
利尻岳から沓形に下山して、礼文行きの船の時間に間に合うかなあ、というような話し。
最後に来た人は、東京出身で今年に札幌へ転職してきた、ぼくと同じ年齢のようだ。
 北海道あちこちの話し、温泉地の話しをする。
そして、少し生き方の話しも。

 放浪の彼が最初に小屋にやってきた時、ぼくから最初に声をかけた。
「どちらから、いらしたのですか?」
「帰るところ、ないんスよね」
と彼は、そう言っていた。

ぼくは、マズイことを訊いてしまったのかな?と
そのとき一瞬とまどったのだ。
 一緒に過ごし、話しをしていると、とても実直で一生懸命な人だと思った。
それは、勤め人にとって山行は日程的に制限されることがあるよね、そこでやるからまた楽しいのだよね、というような話しを最後に来た人としていたときだった。最後に来た人は、家庭もあるのでなおさらだ、とも言っていた。
放浪の彼は、
「ぼくはもう、この先ちゃんとした仕事に就くとか考えていないし、

 半分死ぬ覚悟なんですよね」
と、自然に明るく、きっぱりと言っていた。
「みんな、ぼくみたいな生活を自由で良いと言うけれど、

 みんなはそうできないみたいなんですよね、

一度定職とかに就いちゃうと、ですね・・・そうス」
いろいろな彼の話しを聞いた。
あくまでも人の考えや生き方を知り、いろいろと摩擦があり、そして認め合い達している、自分の位置を知っている、そんな人との間隔を知っているような心地よさが彼にはあった。
 そんな彼は、北海道は2回目だと言うのに、地名はもちろん、移動や滞在その印象、歴史的な背景まで、漠然とはしているものの、普通にこの地に暮らす北海道の若者よりも広くそのことを会得していた。
 ホントウに、人なつっこい、良い青年だな、と感じた。
 そして日々の自分の仕事や生活を振り返りつつ、シュラフにもぐりこんだ。

2001/9/15

 

ー頂上へー

 

 山の朝は早い。
というより、登山者の中での意志と行動が、漆黒で暗闇の山を起こしていく。
ご来光組は3時には出発した。
続いていそいそと最後に来た人も出発した。
放浪の彼は、やはり、まだ寝ている。
深夜に登山口からヘッドランプで登ってきたのであろうパーティ3人が小屋を通過していく。

 

ぼくは、外へでてゆっくりとコーヒーを沸かして、贅沢な時間を過ごしていた。
見上げる頂上が近くに見える。天気が良く、風もない。
しかし、どうも昨日の夕景に出逢い、目的達成したかのようで、そこからさらに登る気力が湧いてこなかった。そうこうしてコーヒーを3杯も飲んでいた。
5時頃、太陽も昇ってきたが、夕景に比べるとなんとなく迫力や色彩がない・・・
なんかやる気のない太陽さんだ。

 6:15、いよいよ意を決して、必要最低限の装備だけを持ち、頂上へ
実は、ここから利尻岳登山の最もツライところなのだ。

と、思っている。
身軽なので、走るように、駆けるように、足を上へと運ぶ。
ガレ場が多く、滑り、浮き石もあり、傾斜もきつく、そして崩壊地帯も多い。
ちょっと足元を誤れば、転倒、滑落などの事故にもつながるかも知れない。
崩落危険箇所にはトラロープがあり、また急斜面などにはザイルも固定されているけれど、その足場の悪さにはウンザリしてしまう。
登山道沿いにあるちょうど手をかけられるハイマツの枝などは、一体、幾人もの人たちの手を助けたことだろう。

艶さえ出ている。愛おしい感じさえする。
 途中、頂上からのご来光に間に合ったと先に小屋を出発していた人たちと会い、
また、いつかどこかの山で!、と、さよならをする。

 9合目を過ぎ、ぐるっと東から回り込むようにしてようやく頂上。6:45。
1719mの北峰頂上。

(南峰が1721m~非常に危険です・・・)
一人きり、風もなく、沓形側は流れゆく雲の中。
巨大なロウソク岩が、そそり立つ。
覗き込んでも見えない、切れ落ちる西壁。
鴛泊、鬼脇の方向は見渡せる。
朝の太陽が優しく海を照らし、鬼脇山がすぐそこの下に見える。
 頂上には、東を向いた利尻岳神社がある。
ここまで来られたこと、夕景に出逢えたことへ感謝し、そして人々の悲しみが少しでも癒されますように・・・と、お参りする。
何かを訴えるように、タカネナデシコが一株、一輪咲いている。

ぼくも東を向いて座り、リンゴを丁寧に皮までむいて、ゆっくりと食べてみた。

 

利尻岳頂上の祠、東を向いています。

 

直下に一輪のナデシコ。

 

ー下山、そして利尻よ、さらばー

 

7:30、利尻岳頂の神社に「また来ますから」と手を合わせ、頂上を後にした。
最初の一歩、利尻岳の崩落して切れ落ちた斜面を望み、少し後込みしそうになる。
相変わらず、足は運びづらい。
ゆっくり、丁寧に一足ごと、置いていく。
急に右股関節が痛くなった。何で?
さらに何で?と思いながら、小さくポツンと見える長官山避難小屋の赤い屋根をめざして下りていく。

 

8:00、長官山避難小屋に到着。
予定では、今日は下山してテントでゆっくりコースなので、と、またのんびりを始めたが、何だか居心地が悪くなったので、下山開始

 ようやく起きたのであろう放浪の彼も登ってきた。
やあやあ、と挨拶して、また、どこかで会おう!と別れる。
この先、彼はどんな地で、どんな人たちと出逢い、どんな有意義な人生を送るのだろう、と登っていく彼の後ろ姿を見送った。

 

ガスってきた山頂。天候悪化の兆しかな。

長官山を過ぎたあたりからガス(濃霧)に包まれ、その後、小雨となった・・・


朝食をきちんと摂っていなかったので、小雨のうちにと、お湯を沸かして、適当な場所で適当なものをつくって食べた。
再度、ザック内の防水を確認し、デジカメと携帯電話は厳重に重ねての防水措置をとる。


下山するごとにどんどんと雨足は強くなり、周囲の木々に触れるたびパラパラと雨滴までかぶりながらの下山となった。
10年以上も使っている雨具は、いくらゴアテックス生地とは言っても、さすがにベショッとなって、まるで情けない状態になっている。張りがない・・・
もう15年選手にもなる装備もあるもんなあ。
山の装備などは、愛着があって、なかなか替えられないんだよなあ。

 

さすがにこの天気では登ってくる人も少なく、延べ15~16人位だろうか。

 

みな言う言葉は一緒。
「上(頂上付近)も、雨なのですか?」

 

そして、ぼくの答える言葉も一緒。
「8時過ぎまでは晴れていたんですけれど・・・たぶんもう上も・・・」
と言うことしかできないぼくは、昨日のテント場での旅人キャンパーと同じだナ。

 

結局、同じ目的で、同じ道を歩くとしても、時間が違えば、受ける環境は異なる。
簡単なことなのだが、これはかなり大切なことだよなあ、と思う。

しとしと、ズルズルと登山道を下っていると、体は無条件にこの不快指数75%
(靴の中や下着まで濡れていないので、不快指数75%としておく)の環境を脱出したがっているようだ。
だから、頭の中も重荷や下山していることへのつらさや痛みなど考えない。
ただ、ただ、体を下に動かすことに無心になってくれている。
そこが、また、精神的に白く沈殿していくようで、好きな瞬間なのだ。

 頭に、さっさっと魅惑的な言葉がよぎった
 放浪の彼が、昨夜、言っていたのだ。

やはりパンフレットまで見せてくれた。
「鴛泊にある、利尻富士温泉、最高っスよ」、と。

「400円だし、露天風呂から利尻岳頂上が見えるんスよ」、と。

 

頭の中で、早く温泉に浸かりたいという願望がぐい~んと強くなっていくようだ。

 0:05、ずぶ濡れになって甘露泉水の「あずま屋」に到着。

マイヅルソウとツバメオモトの実。

ぼくは雨具をかぶっていたのでわからなかったが、屋根の下には、先客がいて、外国人の男性のようだ。
その状況に気づいたぼくは一瞬、ただ笑うことしかできなかった。
これから登るのだと言う。たいした会話や情報提供もできないまま、精一杯の単語を並べた。

彼も○○○と応えてくれたが、その英語を聞き取れなかった・・・。
なんて、言ってくれたのだろう・・・

 あずま屋の中で、ザックの中を整理したり、またコーヒーを沸かして過ごした。
虫除けに使ったハッカ油は、風が通るたび余計に肌寒さを感じさせた。
今日は、これからどうしよう・・・、というのがぼくの当面の課題だった。

 

 温泉、濡れて待つテント、濡れたザックたち、冷えた体と軟弱な意志・・・
結論のでないまま、甘露泉水を観光に来ているツアー客で賑わう登山口に着いた。
下山届けを提出し、140円のコーラを買い、天気予報を管理人さんに聞いた。

 

 そしてその返事を聞いて気持ちは決まった。
帰ろう、もう帰ってしまおう、と。

 テントをすぐ撤収して、ザックの中の着替えを上部に入れ替えた。
キャンプ場のトイレでは「山のトイレを考える会」という人たちが「のぼり」を立てていた。なんでも、今日が山のトイレを考える日だったのだそうだ。

そんなキャンペーン中だったことを、初めて知りました!

 

現在の登山ブームは、登山者の入山を急増させ、ゴミ以外にも、その排泄物による環境負荷や処理が大きな問題になっている。

 アスファルト道を鴛泊へと、てくてくと「温泉一筋なのだ」と歩いた。
道もきれいになっている。道路沿いの施設もすっかりと充実している。
この歩いて鴛泊の街まで約1時間の道も、ずいぶんと変わった。
あの若い頃はキャンプ場から鴛泊まで何度も買い出しに通ったのだ。
行きにタクシーを使ってしまったぼくも軟弱に変わった。
この道も変わったし、ぼくも変わったのだなあ。

 立派な温泉の恩恵にあずかり、露天風呂で、ゆっくりと足を伸ばしていった。

あーやっぱり温泉だよなあ、と体中がつぶやいているようだった。

 昨夜の小屋で一緒だった最後に来た人と温泉で再会し、一緒にフェリーターミナルまで山の話をしながら並んで歩いた。
 礼文島に渡るという彼に、餞別代わりにとリンゴを一つ手渡した。

 再び、「ウニ丼日本一」の食堂のおばちゃんのところへ報告を兼ねて行った。
「無事、行ってきました!」
「昨日は、あれから晴れてきて、いかったっしょ!
  楽しみにしていた夕焼けは見られたかい?」
「はい、良かったです、中学生たちはみんな元気でしたねー」
 また、ボリボリと頭を掻き恐縮しながら「塩ラーメン」(600円)を注文した。
「これ、地物だからおいしいよ」と、トマトをそっと差し出してくれた。
皮が固くて、味のつまったしっかりしたトマトだった。
そんな力強い島のトマトだった。

 

ーあとがきー

 

 旅ではなかったなー、結局いつもの勤め人の登山だナーと、自分の軟弱ぶりさを反省し、さらには帰路のフェリーは大揺れで具合が悪くなる中で利尻島を小さくしていったのは、どこか自分にさみしい感じがした。
 放浪の彼との一夜の出逢いが、ぼくに何かを感じさせてくれたのだろうか。
 旅とは、一体何なのだろう。
 短い間だったけれど、出逢えた人たちはみな温かだったなあ。

 利尻を離れる前、フェリーターミナルのトイレ(大)で出逢った落書き・・・

 転ばないように
 泣かないように
 痛い目にあわないように
 歩くなんて きっと つまらない-

2001(平成13)年9月記